林さんと私。

職場の人間は基本的に全員路傍の石だと思っている私だけど、
1人だけ気にかけている後輩がいる。


4歳くらい年下の、林さんという女の子だ。



一見優しげで清純そうな雰囲気をまとう林さんは、実はかなりドライな人だと勝手に分析している。



ランチは絶対一人で出かけるし、
社内に特定の仲良しを作らないし、
飲み会には一切出てこないし、
誰ともプライベートな話をしない。


たまにちょろっと、まるで行きたくないけど無理やり絞り出した時のおしっこみたいな、本当にちょっろっとした個人情報をくれることもあるけど、基本的には黙々と仕事をこなす。



しかし林さんは言葉は少なくとも表情で語る。実はわりと表情豊かな女性でもある。

つい先刻、自分の横幅もろくに把握できない私が細い隙間を通れず、無様に挟まった時も「マジでこいつどうしようもねえな」とでも言いたげな、まるでムシケラでも見るような目をしていた。(でも押し出してくれた)



たまらない。



私にレズの毛はないので、一発ヤりたいとかいう邪な思いは特にないのだが、ウザったいと言わんばかりの眼差しを向けつつ、私が先輩だからという理由で頑張ってその思いを口にしない林さんが、何というかいじらしくて好きだ。多分林さんは私のこと1ミリも好きじゃないと思うけど。



そんなわけで、私は何とかして林さんと交流を持ちたいと思うようになった。


しかし社交性皆無の私なので、当たり前に口下手である。
コミュ障という言葉は私のために存在するのではないかとさえ思っている。


上手に話せる気はしないけど交流を持ちたい。
そう思った私は、林さんを見かけたら仕掛けるようになった。



そう、無言タックルである。



林さんは最初、私が軽くタックルするだけでもかなり驚いていた。

でも「びっくりしました」と言って笑ってくれる日さえあった。

私は嬉しくなって、毎日タックルしまくった。



出社してすぐ、タックル。
エレベーターホールで見かけて、タックル。
トイレで出くわしたから、タックル。
背後からまわりこんで、タックル。
正面から正々堂々、タックル。
横からだって出せちゃう、タックル。
どこでもここでも、タックル。
とにかくひたすら、タックルタクルタックル。


こんな感じで、毎日理不尽にタックルを食らい続けた林さんは、次第にタックルに順応し始めた。
林さんのリアクションはどんどん薄くなっていったけど、私はそれでも構わずタックルし続けた。




そんなある日、
タックルを受けた林さんが吹っ飛んだ。


ほんと見事に。ひゅーんって。私の視界から吹っ飛んでいった。


私は完全に自分のタックルの威力を見誤った。
毎日飽きることなくタックルし続けた私のタックルスキルときたら、いつの間にか吉田沙保里もびっくりのレベルに達していたのだ。



私は自分でも気づかぬうちに、霊長類で6番目くらいに強いタックルを繰り出せる女に仕上がっていた。



オフィスの壁に激突した林さんに対して、私はとにかく謝った。コミュ障も手伝って非常にオロオロしながら土下座する勢いで謝った。


「ダ…ダイジョウブデス…」

林さんがそう言った。
もはや本音を隠し過ぎて、カタコト調の発音だった。

引きつりながら見せた笑顔が「いてーよボケが!!本当は全然大丈夫じゃねえよ!!」と語っている。




たまらない。





しかし、霊長類6番目に強いタックルを手に入れた私は、これ以上タックルを披露するのは危険だと判断した。このままタックルをし続ければ、いつか林さんを殺しかねない。



今は3日に1回ほど、背後からそーっと近づいては林さんにエルボーをお見舞いすることに躍起になっている。(毎日やると飽きられるのも早いって前回で学んだからね!)



いつか、林さんと仲良くなれる日を信じて。